炉心溶融「紙一重だった」

 東日本大震災で被災した東京電力福島第二原子力発電所(福島県楢葉町、富岡町)が8日、震災後初めて報道陣に公開されました。

 第二原子力発電所の所長によると、実は第二原子力発電所も大惨事に紙一重の状態だったそうです。明暗を分けたのはやはり電源。第二原子力発電所も第一原子力発電所同様、津波によって冷却機能が失われましたが、外部からの高圧送電線が1回線生き残っていたため、中央制御室で原子炉の温度や水位などのデータが把握でき、必要な対策を見極め、事故4日後の3月15日までに全ての原子炉で冷温停止に成功したという事です。

 これまで第一原子力発電所の報道ばかりでしたが、第二原子力発電所でもギリギリの戦いが合ったというわけです。最悪の事態を救ったのはたった一本の高圧送電線。もしその高圧送電線が残っていなかったら、第二原子力発電所でもメルトダウンが起きていでしょう。その時一体福島は、日本はどうなっていたか等とは想像したくもありません。

コメントを残す