世界水泳代表決定

 競泳の日本選手権兼世界選手権代表選考会最終日が12日、東京辰巳国際水泳場で行われ、男子400メートル個人メドレーは、萩野公介(東洋大)が4分8秒54で4連覇を成し遂げ、200メートル個人メドレー、自由形の200メートル、400メートルと出場全4種目を制覇する4冠を達成しました。

 2013年世界選手権金メダルの瀬戸大也(JSS毛呂山)が2位に入り、萩野とともに7月にロシアのカザニで行われる世界選手権代表に内定しました。

 女子200メートル平泳ぎは、渡部香生子(JSS立石)が2分20秒90で優勝し、平泳ぎの50メートル、100メートルと200メートル個人メドレーを合わせ4冠を達成。日本記録保持者の金藤理絵(Jaked)も2位で代表入り。男子100メートルバタフライは、29歳の藤井拓郎(コナミスポーツク)が優勝、代表入りを決めています。

 世界選手権の個人種目で優勝すれば、その時点で来年開かれるリオデジャネイロ・オリンピック代表に内定します。萩野は「個人メドレー2種目で金メダルを取ることを最大の目標にして取り組む」と、抱負を語りました。

阪神、建山義紀投手を獲得へ

 プロ野球の阪神タイガースは、メジャー・リーグのニューヨーク・ヤンキース傘下AAAのスクラントン・ウィルクスバリ・レイルライダースを自由契約となった建山義紀投手(38)の獲得に乗り出したそうです。

 建山投手は、1999年に北海道日本ハムファイターズからドラフト2位指名を受けて入団。中継ぎのエースとして、またクローザーが不調の時にはクローザーとしても活躍、35勝43敗27セーブ、84ホールドの成績を残して2010年に海外フリーエージェントを宣言、テキサス・レンジャーズと1年80万ドルで契約しました。しかし、成績を残せず2013年にヤンキースへトレードされていました。

 阪神は開幕直後から中継ぎ陣が精彩を欠き、韓国の三星ライオンズからクローザーとして獲得した呉昇桓(オ・スンファン)も、交流戦に入ってから2度サヨナラ負け。交流戦の順位も広島カープ、東北楽天ゴールデンイーグルスと並んで最下位と精彩を欠いています。マイナーをクビになった38歳を緊急補強しなければいけないほど、特に中継ぎ陣が逼迫しています。

井岡、MVP初受賞

 7日にボクシング記者による2012年のプロ年間表彰の選考会が行われ、最優秀選手賞は大みそかに世界ボクシング協会(WBA)ライトフライ級王座を奪取し、2階級制覇を達成した井岡一翔(井岡)が初受賞しました。

 また、年間最高試合は、世界ボクシング評議会(WBC)ミニマム級王者だった井岡が、WBA同級王者(当時)の八重樫東(大橋)を判定で破った王座統一戦が選ばれ、井岡は最優秀選手賞と合わせて2冠となりました。

 井岡一翔は、2009年4月にタイ王国フライ級王者のトンタイレック・ポーウォラシンとのライトフライ級ノンタイトル6回戦でデビュー、KO勝ちを収めました。6戦目で日本タイトルを、7戦目でWBC世界ミニマム級のタイトルを獲得。10戦目でWBCとWBAの統一王者となり、11戦目でWBA世界ライトフライ級王座を獲得して2階級制覇を達成。2013年1月時点でデビュー以来11戦全勝、文句なしのMVPでしょう。しばらく井岡時代が続きそうです。

バレンタイン監督を解任

 メジャー・リーグのボストン・レッドソックスは4日、ボビー・バレンタイン監督(62)を解任したと発表しました。

 ボビー・バレンタインは1995年、千葉ロッテ・マリーンズのゼネラルマネージャーに就任した広岡達朗に請われ、同球団の監督に就任すると、チーム10年ぶりとなるAクラス入りを果たし、阪神・淡路大震災へのチャリティーのために「ドリーム・ゲーム(日本人選手選抜対外国人選手選抜)」を提案し、外国人チームの監督を務めるなどして注目されましたが、自身を招聘した広岡達郎と強化方針などを巡って対立、1年で解任されました。

 1996年はメジャーへ復帰し、ニューヨーク・メッツの監督に就任。2003年に千葉ロッテ・マリーンズの監督に9年ぶりに復帰すると、大胆な起用で8年ぶりの勝率5割を達成。2005年にはチームを31年ぶりの日本一に導き、日本プロ野球とメジャーリーグの両方で優勝を経験した最初の監督となりました。

 そのバレンタイン監督、今シーズンからの2年契約でレッドソックスの監督に就任していましたが、開幕直後からチームは低迷。主力選手との確執も表面化して、最終的には69勝93敗でア・リーグ東地区最下位に終わっていました。